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リレー連載エッセイ「私とバッハ」Vol.3

シャコンヌに眠る名—ヴァイオリニスト 松田 理奈

無伴奏パルティータ第2番、その終曲シャコンヌ。ヴァイオリン一挺のために書かれた、ひとつの巨大な変奏曲です。長いあいだ私は、この曲を孤独な大聖堂のように弾いてきました。たった四本の弦の上に、これほど天井の高い建物が立ちあがることへの、静かな畏れとともに。
けれど、ある読み解きを知ってから、この曲との向き合い方が、根のところから変わりました。
1720年、旅から戻ったバッハを待っていたのは、妻マリア・バルバラの死でした。葬りはもう済んでいた。会えぬまま、土の下にいる人へ…シャコンヌは、その喪失と同じ季節に生まれた曲です。
バロックの作曲家たちは、音と数を響き合わせる術を知っていました。冒頭のわずか2小節を数に置き換えると「95」というひとつの数が立ちのぼる。それは彼女の名『Maria Barbara Bach』の数値と、ぴたりと重なるのです。
この一説を知ってから、弦に触れる弓の、最初のひと撫でが変わったのです。弾き手は最初の一音で、すでに彼女の名を呼んでいることになる。声を上げて嘆くのではなく、ただその名を、息のように、音にして。
奏者にとって大切なのは、それが証明できるかどうかではないのでしょう。そう信じて弓を置くと、同じ音符が、まるで違う光を宿しはじめる。その移ろいこそが、私には何より確かなものに思えるのです。
バッハは、答えを手渡してはくれません。ただ、問いと祈りのかたちで、こちらの背筋をそっと正してくれる。その問いの前に立ちつづけることが、私にとって弾くということなのだと思います。

お薦めのバッハ作品:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 BWV1004

松田理奈(ヴァイオリニスト)https://linamatsuda.com/

次回は、松田理奈さんからのご推薦で、チェリストの古川展生さんを予定しております。お楽しみに。

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